現在の制作環境について教えてください。
いわゆるクラウドで動かせるものばかりではないので、どうしてもローカル環境を増やす必要があります。今はMacBookやMac Studio、Mac miniなどを10台、それとは別にCUDAが動くNVIDIA GPU搭載マシンを3台用意し、常時リモートで接続しながら処理を分担しています。
NVIDIA GPUを使う処理は、クラウドで動かせる場合も多いので、クラウドサービスを使うこともあります。一方で、Macではそうもいかないことが多い。自分のマシンを使わなければならない場合が結構あります。
あとは、ライセンスの問題もあります。僕の場合は、オーディオ系や3D系のソフトウェアを使いますし、使うプラグインもかなり多い。それらは、どうしても自分のマシンにインストールしなければならないことがあるんです。
だから、プログラムを使ったり、自動化をしたりする作業であっても、単純にどんな環境でも動かせるものばかりではない。ソフトウェアだけを見ると、いろいろなことが抽象化されて、どこでも動かせるように見えるけれど、実際の制作環境には、マシンや周辺機器、ソフトウェアのライセンスなど、まだいくつもの制約が残っています。そこが難しいところですね。
AIを本格的に使い始めたことで、最初に大きく変わったのは何でしたか。
AIを本格的に使い始めて、最初に大きく変わったのはWebでした。
去年の12月から年末年始にかけて、それまでWebを担当していたチームに、WordPressのファイルやオリジナルデータを全部もらって、自分のWebサイトをゼロから作り直したんです。GitHubを見てもらえれば、その頃からの変化がかなり分かると思います。
それと、Webを始めた時期にCloudflareというサービスに出会ったことも大きかったです。Cloudflareは非常にAIと相性がよくて、コマンドラインベースでいろいろなことができる。AIに指示を出して、ターミナルからサイトの構築や公開まで進められる。そういう環境に出会ったことも、自分でWebをやり始めるきっかけになりました。
あと、Google DeepMindとの協業で、印象的だったことがあります。彼らはAPIを使いやすくするためにGUIを用意してくれるのですが、僕は、コマンドラインからヘッドレスで使える状態が一番ありがたいと、何度も伝えていました。そして、ヘッドレスで使うことを前提に、APIの設計も行いました。
GUIの使い方を覚えるコストや、GUIを作るコストは、今のAIの時代には合っていない部分もあると思います。もちろんGUIが必要な場面もありますが、今はヘッドレスにするのか、GUIを作るのか、その判断やセンスのようなものもすごく重要です。
僕はもともと、映像や音に関係するプログラミングをずっとやってきました。だから、Webも、やればできるとは分かっていたんです。プログラムって、一つの領域をある程度やっていると、別の領域に行っても、構造はなんとなく分かるんですよね。
ただ、Webは自分でやるには面倒だった。できないからやらなかったというより、できることは分かっていたけれど、時間や手間を考えると、そこまで自分でやらなくてもいいと思っていたんです。それがAIによって、急に自分でやるコストが下がった。
だから僕の感覚としては、AIによって「今までできなかったことができるようになった」というより、「できるけれど、時間やコストの問題でやっていなかったことを、自分でやれるようになった」という方が正確です。
Webサイトは、どのようなものとして作り直したのでしょうか。
作品や広告で使うような、凝った表現のWebサイトを作りたかったわけではありません。僕が作りたかったのは、アーカイブとか、辞書に近いものです。
自分の作品や活動についての一次情報源をきちんと作って、情報を整理して、長く参照できる状態にしておきたかった。人間にとってもAIにとっても参照しやすいものにしていこう、ということです。
もともとのWebサイトは、基本的には人間が見ることを前提に作られていました。人間が画面を見て、メニューを操作して、ページを移動する。そのためのユーザーインターフェースが必要になるわけですが、今の目的から考えると、必ずしも必要ではないものも少なからずあった。
だから、見た目だけを変えたというより、情報の構造から作り直しました。必要のないインターフェースを取り払って、作品や活動の情報がどう整理されていれば、あとから人間にとってもAIにとっても読みやすいのかを考えて、ゼロから組み直したという感じです。
初めて本格的にWebサイト全体を作ったので、完成までにはそれなりに時間がかかりました。でも、プロトタイプなら1日、2日でできてしまう。これはやっぱりすごいことだと思います。
Webはそもそもオープンな技術基盤の上に成立していて、実装例やライブラリも豊富です。映像や音の専門的なプログラミングに比べると、AIが扱いやすい情報や実装例が最初からたくさんある。実際にやってみて、プログラムだけではなく、システムの設計やデザインまで含めて、かなりのところまで進められることに改めて気づきました。
Webの再構築をきっかけに、制作全体も変わっていった。
そうですね。そこから、今まで実装コストや時間を理由に手をつけていなかったことを、次々に試すようになりました。
僕の場合、もともとアイデア自体はかなり貯めていたんです。やりたいことがなかったわけではない。むしろ、やりたいことはたくさんあった。ただ、それを実装するための時間やコストがボトルネックになっていた。
AIによって、そのボトルネックが急になくなった。今年の初めは、それまで貯めていたものが一気に爆発したような状態でした。
1月、2月は、今ほどモデル自体も賢くなかったし、開発環境やAIに作業をさせるためのハーネスも、まだ最適化されていなかった。だから、一つの処理が終わるのを待って次に進むというより、かなり多くの処理を並列で走らせていました。
その結果、制作環境そのものも大きくなっていった。最初から大きな設備を作ろうと思っていたわけではなくて、やりたいことを実装していったら、そのために必要なマシンが増えていったという方が近いですね。
並列で開発できることには、どのような面白さがありますか。
一つのアイデアを考えて、それを実装して、結果を見て、次のアイデアに移る。その一連の流れが、以前とはまったく違うものになりました。
以前は、実装に時間がかかるから、自然と一つのことに集中していた。何かを試すにも、準備をして、コードを書いて、動かして、問題を見つけて、また直す。それだけでかなりの時間がかかるので、次のことに移るまでに間がありました。
今は、同じ時間の中で複数の仮説を試せる。ある処理を走らせている間に別の処理を始められるし、違う方向のアイデアを並列に検証することもできる。これは、制作の可能性を大きく広げています。
ただ、並列化すればするほどいいかというと、そう単純でもないんです。複数の処理を並列に走らせること自体はできても、最後にそれらの結果を見て、判断して、どれを残すのかを決めるのは人間です。
AIは何十もの処理を同時に進められるけれど、人間の注意力や判断力には限界がある。技術的にはいくつものプロジェクトを進められても、人間として自分が把握できる数には限界があります。
AIで制作能力を拡張した結果、今度はAIではなく、自分自身がボトルネックになってくる。これは結構危険な状態でもあると思っています。
最近はFPGAの開発にも取り組んでいます。
最近はFPGAの開発もやっています。今は、スパイキングニューラルネットワークのシミュレーターをFPGA上に作るといったことをしています。これはかなり面白いですね。
入力と出力を定義して、評価のループまで組んでしまえば、生成した成果物を自動で評価して、その評価をもとにまた修正するというサイクルを回せる。AIに何かを生成させて終わりではなくて、評価まで含めて一つの仕組みにするわけです。
特に音や映像の生成では、この方法がかなり有効です。入力を与えて、出力を生成して、その出力を何らかの基準で評価する。その結果を次の生成や修正に戻していく。そうすると、自動的に試行錯誤を繰り返して、完成度を上げていくことができる。
この仕組みは、FPGAの開発でもかなりうまく機能しています。
FPGAなんて、以前は、僕にとっては音を出すだけでも一苦労でした。ハードウェアの構造を理解して、記述して、書き込んで、動作を確認して、問題があればまた戻る。そこにはかなり高い技術的な壁があった。
でも今は、AIと一緒に開発することで、その壁を越えて、かなり専門的な領域まで入っていけるようになった。もちろん、すべてを理解しなくていいという話ではありません。ただ、取り組み始めるまでのコストや、問題を一つずつ解いていく速度が、以前とは比べものにならないほど変わりました。
本当に、いろいろなことができてしまう。そこが面白い一方で、別の問題も出てきます。
「何ができるか」よりも、「何に取り組むか」が重要になる。
そうなんです。AIによって実装そのものがものすごく速くなったので、思いついたことにはどんどん手をつけてしまいます。すぐにできそうなことも面白いから、いろいろやってしまう。
でも、作品を作るとなると、やっぱり3か月前にはコンセプトを決めておかないといけない。作品としてまとまりのあるものにするには、一つの問題に長く取り組む必要があります。
だから今は、すぐには答えが出ない、長く取り組める問題をうまく見つけることが重要になってきています。
実装だけで言えば、本当にすぐできてしまう。だからこそ、新しい仕組みにつながるものや、発明になりそうなものをきちんと見つける必要がある。あるいは、もっとファンダメンタルな問題を見つけて、それに取り組むことが大事です。
ここでいうファンダメンタルな問題は、単に難しい技術を使うという意味ではありません。すぐに答えが出る問題ではなくて、その問題を考え続けることで、別の仕組みや見方が見えてくるようなもの。解決までに時間がかかるからこそ、作品や発明の核になりうるものです。
AIで何でも作れるようになったからといって、何でも作ればいいわけではない。むしろ、どうしても作れてしまうからこそ、何を問題として選ぶのかが、以前より重要になっています。
AIが制作の速度を変えたことで、思考の時間も変わりましたか。
かなり変わりました。常に隣に、ものすごく優秀なパートナーがいるような感じです。いつでも相談できて、すぐに実装してくれて、結果を見ながら、また次のことを考えられる。
そういう存在が常に自分の隣にいることで、自分の可能性がここまで広がるのかという驚きはあります。AIを日常的に使っている人なら、同じような感覚を持っている人は多いと思います。
ただ、これは良いことばかりではありません。放っておくと、トライ&エラーのループがどんどん短くなってしまうんです。
以前は、技術的な制約が自然に思考の速度を調整してくれていた。実装に時間がかかるから、その間に考えが変わったり、別の角度から見直したりする時間が生まれていたんです。
今は、その制約がほとんどなくなった。だから、自分で思考の時間軸を設計しなければならない。できるからやる、というだけでは際限がない。
短時間で実装できることと、長く取り組む価値があることは違います。作品を作るのであれば、数か月前にはコンセプトを決めて、一つの問題にある程度長く取り組む必要がある。技術が速くなったからこそ、どこで立ち止まるのか、どこに時間をかけるのかを、自分で決めなければいけなくなったと思います。
デジタルの中だけで完結する作品については、どう考えていますか。
これだけ何でもできるようになってくると、デジタルの中だけで閉じているものは、固有性を作るのが結構難しくなってきたと思います。
同じモデルや同じツールに、多くの人がアクセスできる。もちろん、それぞれの考え方や使い方によって結果は変わりますが、デジタルの中だけで完結するものは、以前よりも簡単に似たものが作れるようになっている。
だから、生成する能力そのものとは別の場所に、制作の起点を作る必要があると思っています。
その解決策の一つは、自分たちで新しいデータを取得することです。自分たちにしかないデータを作って、それを使って新しいことを考える。
すでに存在するデータをAIに入力して、何かを生成してもらうだけではなくて、そもそもAIが扱う世界のデータそのものを自分たちで取得する。誰も持っていないデータを自分たちで作ることができれば、そこから出てくる発想や結果にも、自分たちなりの固有性が生まれる可能性があります。
もう一つは、場所や空間を作ることです。
その空間に人が入って、初めて成立するような作品。身体や空間、時間、そこで起きる出来事まで含めて作品になるものです。ソフトウェアだけを取り出してコピーすれば同じ体験ができる、というものではない。
AIやデジタルの外側に何を置くのか。データと空間は違うものに見えるけれど、どちらも「自分たちが実際に世界と接触して得るもの」を制作の起点にするという意味では、つながっていると思います。
その考えは、現在作っているfilにもつながっていますか。
つながっています。僕が今作っているfilという場所も、最終的には完全自動のギャラリー兼ミュージックスペースのようなものにしたいと思っています。その実現に向けて、ヒューマノイドロボットを使ったテストなどもしています。
ただ、無人化や完全自動化を目指しているのは、単に便利にしたいからではありません。人間の仕事をロボットに置き換えて、効率化したいという話だけではないんです。
例えば、人がしていた配膳をロボットが担う。それはそれで技術的には面白いけれど、基本的には効率化の話ですよね。人がやっていた作業を、ロボットが代わりにやる。
僕が興味を持っているのは、その先です。空間そのものが生きているように振る舞うとしたら、そこを訪れた人はどんな体験をするのか。照明や音、展示、ロボットの動き、来場者との関わり方が、その場にいる人に応じて変化するとしたら、そこには今まで存在しなかった体験が作れるのではないか。
人が運営している空間を自動化するのではなく、最初から空間全体を一つの自律的なシステムとして考える。そういうことをやってみたいと思っています。
完全自動化という言葉は、どうしても「人間を減らす」とか、「人間の仕事をなくす」という方向で理解されがちです。でも、僕にとってはむしろ、人間が経験できる状態を増やすための技術として考えたい。
ヒューマノイドロボットには、どのような役割を想定していますか。
ヒューマノイドロボットについても、工場で働いたり、人間がやりたくない仕事や大変な仕事を代わりに担ったりするだけではないと思っています。
もちろん、そういう用途も重要だと思います。ただ、それだけではなくて、これまで存在しなかった新しい職種や、新しい役割そのものを見つけていくこともできるんじゃないかと思うんです。
人間の既存の仕事をコピーするのではなく、ロボットがいることで初めて成立する役割を考える。人間とは違う身体や動き方、存在の仕方を持っているからこそできることがあるはずです。
空間の中で、作品の一部として振る舞うのかもしれないし、来場者と別の仕方で関係を作るのかもしれない。あるいは、人間が想定していなかった職種やサービスが出てくるかもしれない。
もちろん、セキュリティや安全面にはまだリスクがあります。いきなり不特定多数の人がいる環境で実験するのではなくて、まずは知り合いや友人など、ある程度クローズドな環境から試していく必要があると思っています。
新しい体験を作りたいからこそ、まずは安全に実験できる範囲をつくって、そこで何が起きるのかを見ていくことが大切です。
AI、FPGA、ロボットは、最終的には何のためのものなのでしょうか。
AIもFPGAもロボットも、それ自体が目的ではありません。単にソフトウェアを開発したいわけでもない。
僕が最終的に作りたいのは、人間が体験するものです。技術を使うことで、人間がこれまで経験したことのない状態をどう作れるのか。そこに興味があります。
だから、作品を作ることの面白さは、ソフトウェアの中だけで完結しないところにあると思っています。コードを書くことや、仕組みを作ることは重要だけれど、それは最終的な目的ではない。その先に、実際に誰かがいて、身体を持って、時間を過ごして、何かを感じるということがある。
空間の温度や音、光の変化、そこにいるロボットの存在感、他の人との距離。そういうものが重なって、初めて成立する体験がある。そこまで含めて作ることが、作品を作ることの面白さだと思っています。
AI以前から続いている制作との違いは、どこにありますか。
根本的なスタンスは、実はそれほど変わっていません。昔から、ファンダメンタルな問題を見つけて、それに取り組むことを大事にしてきました。それはAIが登場してから始めたものではなくて、これまでアート作品を作ってきた姿勢と同じです。
頭の中で考えていること自体は、それほど変わっていない。大きく変わったのは、その思考と実装の間にあった時間です。
以前は、何かを思いついても、それを実装して、結果を見て、次のことを考えるまでに時間がかかりました。今振り返ると、その技術的な制約が、結果的に思考するための時間を作っていた部分もあったんだと思います。
今は、その制約がほとんどなくなった。だから、自分で時間を設計しなければならないし、何を作るのかだけではなく、なぜそれを作るのかを、より強く考えなければならない。
最初はWebサイトを自分で作り直すところから始まって、それまで時間やコストの問題で手をつけられなかったアイデアが、一気に実装できるようになった。そこから制作環境が広がって、FPGAや、データ、空間、ロボットまで含めて、以前ならかなり時間がかかった領域を並列に扱うようになった。
それはものすごく面白い一方で、自分自身がその速度についていけなくなる危険もあります。何でも作れるからこそ、すべてを作ろうとしないこと、長く取り組むものを選ぶことが大事になってくる。
最後に、いまこの時代をどのように見ていますか。
インターネットが登場したときとも、また全然違う種類の面白さがあります。これだけ大きな変化が起きている時代の節目を、実際に体験できるのはすごく貴重なことだと思います。
作るための技術が、ここまで急速に変わることはなかなかない。しかも、単に一つの道具が便利になったというだけではなくて、考えたことを実装して、評価して、また修正するという制作のループそのものが変わっている。
だから今は、この状況を思い切り楽しみながら、自分自身が少し狂っている状態も、同時に俯瞰して見ていたいと思っています。
熱狂して中に入っていくことと、自分が何をやっているのかを外から観察すること。その両方を行き来しながら、この時代をうまく乗りこなしたい。
結局、AIによって「どう作るか」の問題が急速に小さくなったからこそ、「何を問題として選ぶのか」「どこに固有性を作るのか」「人間に何を体験させるのか」という問いが、逆に大きくなっているんだと思います。
そこを考え続けることが、これからの制作になるのだと思います。